FIELD NOTE KUSHIRO

北海道くしろ地方のローカルメディア「フィールドノート」のブログ

Mahya 公開インタビュー!! FIFLD NOTE 05 より

Mahya 公開インタビュー!!

2017年1月22日、日曜日の午後から開催したフィールドノートが企画する「FIELD NOTE PARTY」。

その中で行いました、釧路出身のシンガーMahya(マーヤ)の公開インタビューの様子をご紹介。

 

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幼い頃から「歌で生きていく」という“お告げ”を受けてきたというMahya。東京で歌をうたいながら大学生の仲間と『SOUL LOVERS』を結成。

今も活躍している『ケツメイシ』や『RIP SRHYME』と共に、その時代の音楽シーンを築いていたところレコード会社から声が掛かりメジャーデビュー。

その後、様々な経験を経て「一度ニューヨークに行って自分の力を試してみよう」と思い立ち単身渡米。

そのニューヨークでの生活や、現在の釧路で助産師として働くことになるまでのお話しを聞いてみました。

 

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幼い頃のMahyaさん

 

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SOUL LOVERSデビュー時

 

-ニューヨークでの生活はどうでしたか?なんだかすごい写真がいっぱいなんですが…(公開インタビュー時、写真のスライドを使用)

 

Mahya(○):これは、『エレクトリックレディスタジオ』っていう凄い有名なスタジオに遊びに行った時ですね。

コモンとかディアンジェロとか、その時代の影響力を持つ人たちがレコーディングしていたりするところで。この時ジェイディーが居て、後々ビートを貰ったりしましたね。

ニューヨークは有名な人と道端で会えるし、いくらでもチャンスが転がっているすごくいい場所ですよ。

日々の事でいうと、裕福な人達と貧困な人達が道路挟んで生活してて。でも、貧困の人達の世界と、裕福な人達の世界は混ざらずに隣接して成り立ってる。

その中で、貧困な人達はヒップホップでお金をつくってのし上がろうって人が8割くらい居て、13歳くらいの時からもう学校行かないでハスリングばっかりしてて。

「なんで勉強しないの?」って聞いたら、「そんなのした事ないし俺達には希望も何もない、これしかやる事ないからやっているだけだ。」って言っていて。

でも、その世界から抜け出せるのってやっぱり教育なんですよね。

勉強して知識を得ると、その世界から抜け出せるのかなって、いつも見ていて思っていましたね。

 

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ラッパー・俳優として活躍する、コモンと一緒に

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久保田 利伸さんのバックコーラスの経験も

 

-Mahyaさん自身、ニューヨークでは歌を歌うことで貰ったチップで生活していたと聞きましたが、歌で生きている事について、どういう思いで日々過ごしていたんですか?

 

○:小さい時から私は歌で生きていくんだっていうのを知ってたんで。

そこに行けばお金がついてくる、生活できるっていうのはわかってて。

なので、やりたい事をやって試していってるっていう、ただそれだけでしたね。

だから、お金を稼ぐためにじゃなくて、音楽をやっていてそれで生活できているっていう、その時はそういう感覚でした。

若いからできたんだと思うけど。笑

 

-ニューヨークから帰ってきたきっかけは?

 

○:だんだんダークな方に引き込まれていって、私これ以上居るとやばいかもな、って時に妊娠が発覚して。

その時ちょうどレコード会社(Motownだとか!)と契約が決まっていたんだけど、その契約の内容に妊娠や結婚をしないってあって。

もう赤ちゃん諦めて音楽の方に専念しようと思って、一回東京に帰ってきたんです。で、その時に助産師さんが「次は笑って産めるといいね。」って言ってくれて。

その時にそうか、私は命をひとつ殺してしまうんだ、って思ったら凄くショックで悩んで…やっぱり産もうと思って、まず実家に帰って来て。

親にこういう状況だけど、産みたいと思います。って話したら「よかった。本当は四人くらい兄弟欲しかったんだよねー。」みたいな(笑)。

ほんと、親は凄い!

 

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最愛の息子、光希くんと

 

-現在、助産師という職に就いていますが、その経緯は?

 

○:それもお告げで(笑)。息子がおなかの中にいるときに、夢の中でずっと「人の役に立つ仕事」って言われていて。それでふっと頭に浮かんだのが助産師で。でも、全然その職業がわかんないので調べたりして、それで良い職業だなと思って。

いつも思うのは、自分は何のために生きているのか、ここに生まれてきたのかな、って。多分、魂のレベルをアップさせるためにここにきているので、今私は何を勉強しなきゃいけないんだろうと思って、感じるようにして動いていますね。

助産師もそうだけど、全然思いつかない事でも、やってみると今凄い自分の天職だと思うし、歌と同じくらい自分に合っているものだったので。

自分のレベルアップになっているのかなって。同じ所でじっとしているんじゃなくて、新しい世界に飛び込みたいし。そうやっていきたいです。

 

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助産師として

-今後の目標を聞かせてください。

 

○:まずは、来年アルバムを1枚出すのを決めています。あとは常に魂を燃やした歌を、全身全霊をかけた歌をうたえるように生きていきます。

お産も介助します。全部やりたい事をやろうと思っています、死ぬまで。で、ぽっくり死ぬのが目標です(笑)。

 

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インタビュー時の様子

 

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最後には全身全霊を込めた歌声を



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Mahya

釧路出身。2000年SOUL LOVERSとしてメジャーデビューを果たし、3枚のアルバムを発表。その後はヴォーカリストとして、アーティストとして、その活躍の場をより自由な場所に置く。'03年DJ Mitsu the Beats、2005年GAGLE、2006年grooveman Spot等。のアルバムへ次々と参加。'07年ソロアルバム「INNER EXPLOSION 」を発表。

助産師という生命の誕生に関わる仕事をしながら音楽活動をマイペースに続け、

2011年、DJ Hisaya「2mens departure」,2014年DJ TAMA「Pass the night in tears」、

Michita「sense of values」など北海道を代表するクリエイターと作品をリリース。

2017年は、awendarap(アウェンダラプ)というチームで作品をリリース予定。(12/6リリース決定!!) インスピレーションに富んだ最高にスピリチュアルなサウンドをぜひ体感してほしい。